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しんゆう

Author:しんゆう
日本家紋研究会&家紋デザイン研究所に所属しています。
中学時代から家紋を愛しています。
京都に行くこと、小説家になることが夢です。

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家紋についてのご質問、オリジナル家紋・イラスト制作についてのご相談など、ご髄に。

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基本的にリンクフリーですが、できればひとことお声をかけてくださいね。 それと、過去の私のブログの内容には、思想的なことも含まれています。ですがそれは執筆当時の考えであって、今にも通ずるというものではありません。不快に思われても、どうか取り合わないでください。


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04月06日(日)

誕生花は目の前に

 すっかり桜の咲く季節になりました。
 近所でも春らしい色が増えています。

2014.4.1 003

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 自分は今月に生まれたのですが、以前に誕生花を調べてみたら『桜』でした。
 春を象徴する花が咲く季節に生まれたことは、とても誇らしいことです。

 今の団地に越してきたばかりの頃も、団地の桜が満開でした。
 団地に住んで得することは、やはり桜が近いことです。どこの棟にも必ず桜があります。我が家の場合、窓の外がもう桜です。ベランダに出ればより近くなって、風が吹いて散る様は圧巻です。

 桜の家紋もあることをご存知でしょうか。

A-351.png

 家紋の種類は豊富ですから、あって当然と言えばそうなのかもしれません。
 しかし桜紋は、バリエーションこそ多いものの、実際に使用している家は多くないのです。
 桜は優美ですが、すぐに散る姿が短命を連想させ、武士はそれを嫌ったのです。武士は御家を大事にしますから。
 ですが、風流のわかる人には好まれました。ですから桜紋を家紋としている家もあります。

 桜は古く、万葉集の題材にもされましたが、多くは恋愛に関する事柄を詠んだものが多いようです。
 桜が散る様子を、実らぬ恋になぞらえている……などという詩人めいた考えがよぎります。
 今月、皇居にて非公開だった桜の名所が一般公開され、多くの人が見物しているそうです。
 今も昔も、桜は日本人の愛する花のようです。

<オマケ>

 先月後半から描き始めて、今日完成した作品です。
 十九歳になってから初めての作品です。今年も、できるだけ多くの作品を作れたらなと思います。

大きな桜の町
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03月12日(水)

もしもあの時、あそこにいたら

 昨日、あの日から三年が経ちました。
 なんだか本当に、時の流れは蛇口の水が一気に落ちていくように早いです。
 あの日、中学を卒業して間もなかった私も、今では高校を出ています。非正規ではありますが、労働者の一人として生きています。
 昨日の、あの大地震が起きた時間、私は大昔に生きた人たちの生活道具を洗っていました。いわゆる、遺跡発掘のお手伝いです。土器、皿、銭、木の実、なんだかよくわからないもの。そういった物についた泥を落としたりしていました。
 使い慣れない携帯でふと、午後の2時46分を知り、手は動かしながらも心の中では黙祷をしました。
 記憶というのはどうしても風化するものです。けれど、忘れまいとする心がけがあれば、死ぬまで忘れることはないと思います。
 今でもありありとあの日のことは覚えています。
 仕事帰りのバスの中、携帯電話を開いて、久しく画像フォルダを開きました。ろくに写真など撮っていませんでしたが、大事にしている写真があります。昨年に死んだ犬の写真です。震災後、一ヶ月ほどが経ったものもありました。あの子を抱えて机の下に入り、死さえ覚悟して揺れが治まるのを待ったあの日。
 たとえ今、あの日のような大地震が起きても、あの子と避難することはなく、きっと私を含めた家族を天から見守っていると思います。いつか私があちらへ行ったとき、きっと真っ先に迎えてくれるのはあの子のような気がします。私の歳で、死について語るのは早い気もしますが、現代はいつ、どのような形で命を落とすか、まるでわからない時代です。
 曾祖母が言っていたように、しっかり生きていくことが、せめてもの供養になるんじゃないかと思います。

 たまに思います。自分が被災地に住んでいたら、と。
 図書館に置いてある募金箱。そこにお金を入れるたび、このお金はどういう流れで被災した人たちに届くのか、気になりなります。何もしてくれないお国より、本当に困っている人たちのところに届いてほしいです。
 被災地の写真集を見るたび、そこに写る人が、もし自分であったなら。自分がもし、この土地に生まれ、育ち、そして被害を受けていたら。
 実は震災時から、考えていたことでした。私があの日に記憶するニュースの映像は、迫り来る津波、飲まれる町、そして後日、避難した人々が撮った映像に、戦慄が走りました。必死に高台へ避難し、すぐそこまで車をも飲む津波が押し寄せる。そんなものを間近で見ていたら、映像で見る恐怖とは、まるで違うものを感じていたはずです。
 あの日自分が、あの場所にいたら。きっと、そう考えたのは私だけではないはずです。
 死んでいたかもしれない。私はそう、悪い方向に考えてしまうのです。

 父はあの日、出動しました。もはや顔を合わせ、声すらまともに聞いていない父が、フェイスブックでメールをくれたのは発生の数ヵ月後でした。
 私は毎年のように、父という存在について考えます。一般的に父とは、まあ「両親の一方」ですが、私にとってそうした存在の父はだいぶ前に消えました。ですが生物学的にも、事実としても、私の父は生きています。国を守る自衛官として。そのことは生涯の誇りです。最近、その父の父(つまり私の祖父)も、元は自衛官であったことを知りました。もし私が同じ道を歩んでいたなら、三代続く自衛官一族になったでしょう。まあ、そうはなりませんでしたが。
 自衛隊という存在は、色々と言われるものです。いるかいらないか、軍隊として憲法に明記すべきか否か。
 そんなことはどうもでいいと思います。
 ただ、命をかけて国民を守る、そういう組織でこれからも有り続けてくれるなら、多くの税金を必要としても、あるべきでしょう。いざという時、頼れるのは行動をする人です。国は考え、自衛隊が動く。それで、いいと思います。

 この前、ふと幼稚園時代のアルバムを見返しました。
 そこには、将来の夢が書かれていました。
 当時の私は、映画監督になりたかったそうです。
 思わず笑ってしまいました。何がどうして、映画監督なのか。
 たぶん、人を感動させたかったからでしょうか。いえ、当時はそこまで深く物事を考えられた子じゃなかったので、とにかく面白いものを撮りたかったのでしょう。
 ほほえましいというか、わけがわからないというか。でも、芸術的分野に興味があったということは、今にもつながることです。
 新聞で、泥だらけのアルバムの写真をたくさん見てきました。家族写真、結婚式、思い出。そういったかけがえのないものたちが、泥や砂にまみれているのです。
 写真はその時をとどめ、アルバムはあらゆる思い出を詰め込んだ宝物です。
 そういったものまでも襲う震災は、容赦というものをしてくれない、それをあからさまに見せつけたように思います。
 変わって、小学校時代のアルバム。
 そこに私は、総理大臣になる、と書いていました。
 どこまで私は無謀な少年なのでしょうか。
 たぶん、総合という学習で知事について調べ、政治家というものに興味を持ったからでしょう。
 あと、俺は総理になるぜ、と友人たちに言って、おうなれなれとおだてられたのも一因でしょう。
 きっと永久に叶うことはない夢でしょう。
 でも、もしなれるなら、一人も見捨てられない、笑顔で暮らせる国にしたいものです。

 だいぶ余談が過ぎた気がします。
 出過ぎたことを話しすぎたかもしれません。
 でもこれらが私の本音であることは変わりません。
 世の中には、嘘と真実が混在しています。
 特に現代は、情報社会です。テレビでも、このインターネットでも、大量の情報がすぐに得られます。
 ですがその中には、真実とは異なるものも混じっています。
 昨年、有名ホテルで食材の偽装が発覚し、また今年では、現代のベートーベンも嘘だったことが大きな話題になりました。
 嘘は人を失望させます。だから嫌いです。
 私はなるべく、真実に近いことをここで書き綴っていきたいです。
 正確な情報を伝えていきたいです。
 それが今後、このブログを運営していく上での指針のようなものです。
 まだまだ未熟者ですが、どうかあたたかく見守ってください。
 変な若者の成長記でございます。
  
三年目
―2011年3月11日に亡くなられたすべての命に、栄光ある天国を―
 
03月06日(木)

小雨の卒業式。

※本当は、高校生時代から続けていたブログ家紋高校生でアップする予定の記事でしたが、記事投稿機能の不具合により、新設したこちらのブログで載せることとしました。

 今月二日、私の通っていた学校で卒業式がありました。
sub_image1393929573518465.jpg
 朝から弱い雨が降っていて、すこし憂鬱になりましたが、大風のザーザー降りに比べればかわいいものでした。
 私は紋付袴羽織の礼装で、母と学校に行きました。
 私が通信制を選んだのは、色々と理由がございますが、私服で登校できるという点も、選んだ理由でした。
 おそらく、私だけでしょう。作務衣で登校する生徒など。
 今日ばかりは一生に一度の日ですから、羽織袴を着用して行きました。
卒業式
 和装は私だけかと思っていましたが、あと一人だけ、袴を穿いた女性がいらっしゃいました。なんだか同士に出会えた気がして、嬉しかったです。
卒業式2
 式の後の記念撮影。通信制では、卒業するまでに一般的に四年という時間がかかります。それは、通信制というものに慣れないと、卒業はおろか試験を合格するのさえ難しいからです。一方で慣れてしまえば、どうということはありません。私のように、まあ模範的というのでしょうか、一般と同じく三年で卒業ができます。
 え? みんなのっぺらぼう? プライバシー保護の時代でございますから、ちょちょいと……。まあ私がどこにいるかはお分かりでしょう。

 卒業というのは終わりではなく、新しい始まりでもあります。
 現に私も、少しずつ新しい生活に向けて動き出しています。
 会社に就職という道を選ばず、フリーターというあまり好ましくないであろう道を選んだのは、自分の時間を必ず確保するため、無理をしないため、そして、アルバイトなら服装が自由であることが多いからです。
 私は、自分でも変なのかどうなのかわからないのですが、和装でないと落ち着けないのです。どうにも、自分が自分でないような気がするといいますか。
「そういうスタイルがいいなら、貫きなさい」
 そう母は背中を押してくれました。母は本当に、一番の理解者です。そもそも中学時代、私が自分の家紋を母に聞いて答えてくれなかったら、今の自分はありません。和装を理解してくれたのも、母が和裁を習い、知識があったからでもあります。それと、母が厳しい環境で育ち、自分の子供にはなるべく強制をさせたくないという教育方針が、私の成長にとって大きなものだったと思います。母には、本当に感謝しています。

 私は今後も、これまでの生き方を変えるつもりはありません。もちろん、生きる上で妥協は必要かもしれませんが、誇りまで捨てて、私は無理をしたくはありません。無理をすれば身を滅ぶす、そう私は考えています。これまで、そうして精神を病んできてしまったので、二度とそうはなりたくないという思いから、そういう考えに至ったと思います。
 もともと、精神的に弱いことは自覚をしていました。まだ短い、語るにも当たらない人生を送ってきましたが、過去を振り返ると楽しいことより、悲しく辛いことばかりが頭をよぎります。昨年には家族の心の支えでもあった犬が死に、だいぶ家としても気が落ち込みました。ですが、動物を飼うということは、こういうことなんだと、学んだ気がします。ちゃんと看取ってあげられたことが、なによりよかったと今では思います。
 
 正月に、曾祖母に会ったとき、こんな言葉をかけてくれました。
「私が九十何歳も生きているようにね、人生は長いのよ。しっかり生きていきなさい」
 曾祖母は関東大震災、横浜大空襲という、私のような世代には歴史的出来事とでもいうべき災害や体験をしてこられました。激動の時代を生き抜いてきたわけです。私の一族でも最年長であり、密かに尊敬する方でもあります。
 しっかり生きる。この言葉を、これからを生きる上で大事にしていきたいと思います。現代は不安定で、先の震災もあり、次の大震災はいつ起きるか、不安も残る時代です。だからこそ、しっかり生きるということは、とても大きな意味があることだと思います。適当に生きる、とりあえず生きる、そういう生き方は好ましくありません。
 しっかりと目標を持って、そして夢を持って、生きていきたいと思います。
 もちろん、現実的に叶うかどうかを見極め、考えながら。

 この三年という月日は、私にとって色々なことを学び、教え、与えてくれたものでした。辛いこと、悲しいこともありましたが、それらをひっくるめてもいい思い出でした。
 これから本ブログを拠点として、また色々な活動ができればと思います。
 今年中には自分のホームページのようなものも作る予定です。
 最後に、これまでコメントをくださいました大勢の読者の方々、フェイスブックなどで「いいね!」を押してくれた紋友(家紋友達)の皆様、いつも見てくださいましたすべての方々に、謹んで御礼を申し上げます。
 今後とも、ぜひごひいきに。

-しんゆう-
 
03月06日(木)

ご挨拶

 はじめまして。中学生から家紋を愛好し研究している“しんゆう”と申します。
 趣味は絵を描くこと、小説を書くこと、読書、音楽鑑賞(主にクラシックと好きな映像作品のサウンドトラック)です。
 私服は和装。これも中学時代からでして、死ぬまでずっと和服を着て生きていきたいです。
 今回はテストを兼ねてなので、短文で締めくくらせていただきます。
 それでは。
 
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